ビルメンの採用動画にAIはどこまで使えるのか
常駐現場・シフト・顔出しNGの制約から考える
「常駐先の建物には入れない。シフトも止められない。顔も出せない。だったらAIで作れませんか」。
ビルメンテナンス業の採用動画のご相談で、この形の質問はよくいただきます。この記事では、ビルメン特有の3つの制約が、AIで外せるのか外せないのかを工程別に分けて書きます。制作している会社として、自分たちの仕事が減る話も含めて書いています。
結論:AIは「撮れない理由」を消してはくれない
先に3行で書きます。
- ビルメンでAIが本当に決定打になるのは、顔を出せない社員がいるときの1点だけです。
- 常駐先に入れない、シフトが止められないという制約は、AIではなく撮り方で外します。
- そして「AIで安く量産する」より前に、ビルメンは1本が見られていないほうが問題です。
順番に見ていきます。
前提|ビルメンの採用動画は、そもそも見られていない
2026年9月、現場職11業種47社が公開している採用動画317本の再生数を実測しました。ビルメンテナンス業の数字はこうです。
| 業種 | 社数 | 本数 | 再生数の中央値 | 最大 | 1万回超 |
|---|---|---|---|---|---|
| 介護 | 3 | 25 | 2,836 | 502,858 | 7本 |
| 清掃 | 5 | 30 | 1,078 | 554,267 | 3本 |
| 警備 | 5 | 34 | 1,000 | 1,491,505 | 6本 |
| 空調衛生 | 4 | 25 | 722 | 7,249 | 0本 |
| ビルメンテナンス | 4 | 21 | 304 | 3,290 | 0本 |
| 造園土木 | 4 | 29 | 262 | 1,774 | 0本 |
| (全317本) | 47 | 317 | 537 | 1,491,505 | 31本 |
読み取れることは2つです。
- ビルメンの中央値304回は、現場職全体の537回を下回ります。21本のうち最も見られている1本でも3,290回でした。
- 1万回を超えた動画が1本もない業種は、ビルメン・空調衛生・造園土木・保育の4つだけです。介護・警備・清掃には数十万回規模の動画が存在します。
この状況で「AIを使って安く本数を増やす」を先にやると、見られていない動画が増えるだけになります。実際、本数と再生数の中央値には相関がありません(317本の実測で r=−0.211。8本以上出している19社の中央値は431回で、全体の537回を下回ります)。ビルメンで先にやるべきは、量産ではなく1本を見られる形にすることです。AIは量産の道具なので、ここには効きません。
※ 出典=当社によるYouTube公開分の実測(2026年9月1日時点・11業種47社317本)。自社サイトへの埋め込み・Instagram・限定公開分は含みません。また、再生数は採用の成果そのものではありません。応募数や採用決定率は公開情報からは分からないため、あくまで「見られているかどうか」の指標としてご覧ください。
工程別|AIが効くところ、人が握るところ
採用動画の制作を10工程に分け、ビルメンの現場で実際にどうなるかを添えたものです。自社でどこを内製するかを決めるときの地図として使ってください。
| 工程 | AIに任せられること | 人が握ること | ビルメンでの実際 |
|---|---|---|---|
| 1|企画・切り口出し | たたき台の量産、他社事例の整理 | どこから出てきた企画かの仕分け | 企画は「社内の強み」「求職者の不安」「他社事例」の3つから出ます。AIが出せるのは3番目だけです |
| 2|社内アンケート | 設問案づくり、自由記述の分類 | 誰に何を聞くかの判断 | 常駐拠点が分かれていると、集めること自体が手間です。設問と集計の型を先に決めます |
| 3|インタビューの質問設計 | 質問案の量産 | 本音が出る聞き方、その場での追撃 | 台本を読ませず、こちらの質問に答えていただく形にします |
| 4|構成・台本 | 構成案のたたき台 | 何を伝えないかの決定 | 資格の話をどこまで前に出すかは、応募の間口に直結します |
| 5|撮影 | 代われません | 現場に入ること、その場の信頼関係 | ディレクターとカメラの2名。1日で回れるのは1拠点です |
| 6|文字起こし・カット候補 | 全文からタイムコード付きで候補を抽出 | 最終的なカット判断 | いちばん効く工程です(後述) |
| 7|テロップ整形 | 文字数区切り、表記ゆれの統一 | ブランド表現として出せるかの判断 | 設備名・資格名の表記ゆれ統一に効きます |
| 8|顔出しNGへの対応 | AIイラストを顔に重ねる | どこまで抽象化するかの判断 | ここだけAIが決定打です。実際に納品した案件があります(後述) |
| 9|イメージ映像・b-roll | 背景・イメージ映像の生成 | 使う/使わないの判断 | 常駐先が映せないぶん、ここにAIを使いたくなります。おすすめしません(後述) |
| 10|公開後の検証 | 再生・離脱データの整理 | 次に何を撮り直すかの決定 | — |
※ 素材ファイルの一括リネームなど、PC内のファイルを直接操作するタイプのAIは情シスの承認が必要になります。上の表のうち1〜4・6・7は、ブラウザで使えるチャット型AIだけで完結します。
常駐先の建物は、撮れるのか
ビルメンが他の業種といちばん違うのは、仕事場が自社の所有物ではないことです。清掃も設備管理も警備も、多くは他社の建物の中で行われます。だからこそ「常駐先が撮れないなら、背景をAIで作れないか」という発想になります。
結論から言うと、おすすめしません。求職者が採用動画で確かめたいのは、この会社に実在する人と、実在する現場です。生成した背景でそこを埋めると、情報としては成立していても信頼の材料になりません。むしろ「どこの現場かわからない動画」になり、作り物を見せられたという逆の印象を残します。
生成AIで作ってみたが応募が増えなかった、というご相談をいただくことがあります。原因はほぼこの一点です。
常駐先の許可を取らずに撮れる画は、3つあります
①自社の事務所・倉庫・資材置き場・車両。②社員研修・安全大会・朝礼。③手元・工具・設備まわりだけのカット(人物の顔やテナント名・館内表示が映らない画)。この3つだけでも、仕事の中身と職場の空気は十分に伝わります。まずここから始めるのが、ビルメンでは現実的です。
そのうえで常駐先そのものを映したい場合は、建物の管理権原者の許可が要ります。ここは会社ごとに関係性が違うので、企画を決める前に「どこまでなら映せるか」を先に確認します。撮れる範囲が決まってから企画を作るほうが、後戻りがありません。
シフトを止めずに撮れるのか
「撮影で現場を止めたくない」というご相談は、ビルメンでは特に多くいただきます。日勤・夜勤のシフトが組まれていて、人を抜けば穴が開くためです。実際にどれくらい止まるのかを書いておきます。
- 撮影の体制はディレクターとカメラの2名です。大人数で押しかけることはありません。
- 主役になる方の拘束は、訪問先ごとに5分ずつで、合計1時間ほどです。
- そのほかに、朝・昼・夕方に業務が止まるタイミングが出ます。
- それ以外の時間は普段どおり動いていただき、横から撮ります。丸一日カメラが張り付く撮り方はしません。
- 1日で回れるのは1拠点です。常駐拠点が分散しているビルメンでは、ここが日数に直結します。
最後の1点が、ビルメンでいちばん効いてきます。拠点の数だけ撮影日を増やすのではなく、まず1拠点だけ撮るという進め方をおすすめしています。全拠点を均等に映した動画より、1つの現場を最後まで見せた動画のほうが見られるためです(後述の密着の数字がその根拠です)。
撮影なしで作る形も用意しています。既にある写真と原稿だけで1本作る方法です。ただし現場の動きと人の表情が入らないぶん、応募の動機づけとしては弱くなります。
AIが決定打になる唯一の場面|顔を出せない社員がいるとき
ここだけは、AIが次善策ではなく決定打になります。
社員の方に顔出しを断られた経験は、当社にもあります。そのときにやったのは、AIで作ったイラストをその方の顔に重ねて動画にするという方法でした。モザイクや後ろ姿だけで通すと視聴者に違和感が残り、かえって「何か隠している」という印象になるためです。
実際に納品し、公開されている動画があります。 → メトロールTV(youtu.be/72MCh4z5NHY)
ビルメンの場合、これは本人の意向だけの話ではありません。本人は出てもよいが、常駐先の関係で会社として出しにくいというケースが起こります。全員を撮らないという判断をする前に、この方法があることを知っておいていただきたいです。
ただし、当社の立場ははっきりしています
顔と声を出していただいたほうが、絶対に良い結果になります。AIイラストは、どうしても出せない方がいるときに、その方を動画から外さずに済ませるための手段です。全員をイラストにする使い方は勧めていません。
「辞めたら使えなくなる」を、AIではなく撮り方で外す
出演した社員が退職したら動画が使えなくなる。これは動画をためらういちばん多い理由で、ビルメンのように人の入れ替わりがある業界では特に強く出ます。
ここでもAIで顔を差し替えるという発想が出ますが、必要ありません。撮り方で外せます。317本の実測では、タイトルの付け方で次のような違いが出ました。
| タイトルの付け方 | 本数 | 再生数の中央値 | 1,000回超 | 1万回超 |
|---|---|---|---|---|
| 役割でくくった(「入社3年目の設備員の1日」型) | 76本 | 759 | 35本 | 12本 |
| 個人名を入れた(「〇〇さんの1日」型) | 39本 | 286 | 0本 | 0本 |
個人名を入れた39本は、1本も1,000回に届いていませんでした(最大957回)。さらに、よく見られている密着形式74本のうち、タイトルに個人名が入っているものは0本でした。
ただし、「役割で名付ければ伸びる」とまでは言えません。役割でくくった76本には密着動画が多く含まれていて、密着ではない40本だけを見ると中央値は253回と、個人名入りと変わりません。個人名入りの39本も5社に偏っています。言えるのは、見られている動画の中に、個人名を主役にしたものが見当たらないというところまでです。
そのうえで、「入社3年目の設備員の1日」「夜勤明けまでの24時間」のように役割や時間帯を主役にすれば、その方が退職しても同じ役割の別の方で撮り直せて、企画そのものは残ります。
※ 分類はタイトルの文字だけで判定しました。両方に当てはまる5本は両方に数えています。調査の詳細は現場職の採用動画317本の再生数の実測にまとめています。
ついでに言うと、密着系74本の中央値は2,306回、それ以外の243本は403回で、5.7倍の差があります。ビルメンで1本目を選ぶなら、密着型が有力です。
内製化するなら、AIはどこから入れるか
まず前提として、すべてを内製に寄せるのは勧めていません。内製が向くのは、日常の様子を継続的に発信するSNS用の短尺です。常駐拠点がいくつもあるビルメンは、ここは自社で回したほうが早く、量も出ます。一方で採用サイトの顔になる1本や、説明会で流す会社紹介は、外注したほうが結果的に早く安くなることが多いです。
そのうえで、社内にAIを入れる順番には効き目の差があります。
- 文字起こし → カット候補出し。いちばん効きます。1時間のインタビューから使える箇所を探す作業が、大きく短くなります。
- テロップ整形。文字数の区切りと、設備名・資格名の表記ゆれ統一を型にすると、担当者が変わっても品質が揃います。
- 企画のたたき台。最初に手を出しがちですが、いちばん効きません。
3番目が効かない理由は、企画の出どころにあります。企画は「社内の強みから」「求職者の不安から」「他社の企画を参考に」の3つから出ますが、AIが出せるのは3番目だけです。自社の強みも、自社に応募してくる方が何を不安に思っているかも、AIは知りません。
2番目の「求職者の不安」を取りに行く実務的な入口は、面接や問い合わせでよく聞かれることです。夜勤の実態、資格を取るまでの流れ、常駐先が変わるのかどうか。人事の方が毎回答えている質問が、そのまま企画になります。ここを飛ばすと、どこかで見たことのある動画になります。
よくある質問
常駐先の建物が映せません。AIで背景を作れば解決しますか?
解決しません。生成した背景を使うと「どこの現場かわからない動画」になり、求職者が確かめたい実在感がなくなります。おすすめしているのは、許可が要らない範囲から撮る方法です。自社の事務所・倉庫・資材置き場・車両、社員研修や安全大会・朝礼、手元や工具・設備まわりだけのカット。この3つだけでも仕事の中身と職場の空気は伝わります。常駐先そのものを映したい場合は建物の管理権原者の許可が要るため、企画を決める前に「どこまでなら映せるか」を先に確認します。
社員に顔出しを断られました。AIで代用できますか?
できます。当社でも実際に断られた経験があり、そのときはAIで作ったイラストをその方の顔に重ねて動画にしました。モザイクや後ろ姿だけだと視聴者に違和感が出るためです。実際に納品して公開されている動画があります(メトロールTV/youtu.be/72MCh4z5NHY)。ビルメンでは、本人は出てもよいが常駐先の関係で会社として出しにくいというケースもあります。ただし立場としては、顔と声を出していただいたほうが絶対に良い結果になります。AIイラストは、出せない方がいるときの次善策として使うものです。
24時間シフトの現場です。撮影で何時間止まりますか?
主役になる方の拘束は、訪問先ごとに5分ずつで合計1時間ほどです。そのほかに朝・昼・夕方に業務が止まるタイミングが出ます。それ以外の時間は普段どおり動いていただき、横から撮ります。体制はディレクターとカメラの2名で、丸一日カメラが張り付く撮り方はしません。夜勤帯を撮る場合も同じ考え方です。
拠点が10か所あります。全部撮る必要がありますか?
必要ありません。1日で回れるのは1拠点なので、全拠点を撮ると単純に日数が10日分になります。おすすめしているのは、まず1拠点だけ撮る進め方です。当社の実測では、密着型の動画の再生数の中央値は2,306回で、それ以外の243本の403回に対して5.7倍でした。全拠点を均等に映すより、1つの現場を最後まで見せたほうが見られます。
出演した社員が辞めたら、動画は使えなくなりませんか?
撮り方で外せます。個人名ではなく役割を主役にする方法です。「入社3年目の設備員の1日」のように役割でくくれば、その方が退職しても同じ役割の別の方で撮り直せて、企画そのものは残ります。当社の実測(現場職47社317本)では、タイトルに個人名を入れた39本は1本も1,000回に届いていませんでした(最大957回)。よく見られている密着形式74本にも、個人名入りのタイトルはありませんでした。ただし個人名入りの39本は5社に偏っているため、名前が原因だとまでは言えません。
会社で使えるのがChatGPTだけですが、採用動画の企画に活かせますか?
活かせます。企画のたたき台づくり、社内アンケートの設問設計と自由記述の分類、インタビューの質問案づくり、設備名や資格名の表記ゆれ統一までは、ブラウザで使えるチャット型AIだけで完結します。素材ファイルの一括リネームのようにPC内のファイルを直接操作する使い方は情シスの承認が必要になりますが、そこに踏み込まなくても効果の大きい工程は十分あります。